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福岡地方裁判所小倉支部 昭和46年(ワ)271号 判決

原告

原田嘉明

外一七名

右原告ら訴訟代理人

松本洋一

外三名

被告

北九州市

右代表者市長

谷伍平

右訴訟代理人

二村正己

主文

一、原告らの請求は、いずれも之を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主位的請求として、

「被告は、

一、原告原田嘉明に対し、

(一)  別紙第一目録〈省略〉記載の(一)の土地から(二)の土地を分筆登記手続をしたうえ、右部分について所有権移転登記手続をせよ。

(二)  別紙第一目録記載の(三)の建物が原告の所有であることを確認する。

〈以下各原告に対する分省略〉

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、その請求原因として、

一、別紙第一ないし第一八目録〈省略〉記載の各建物(以下「本訴建物」という)は、旧小倉市が昭和二六年頃引揚者用住宅として同市所有の別紙第一ないし第一八目録記載(一)の土地(但し、第五、第六、第一七、第一八目録については(一)、(三)の土地)(以下便宜「本訴(一)の土地」という)のうち本訴建物の敷地部分に相当する別紙第一ないし第一八目録記載(二)の土地(但し第五、第六、第一七、第一八目録については(二)、(四)の土地)(以下便宜「本訴(二)の土地」という)の上に之を建築所有し、昭和三八年二月一〇日いわゆる五市合併により被告北九州市が旧小倉からその所有権を承継取得したものであり、原告らはいずれも旧小倉市との間の賃貸借契約に基き本訴建物を賃借し之に居住するものである。

二、被告は、昭和三八年三月初旬頃、同年二月一日なされた旧小倉市長林信雄の提案に従い、同月七日なされた旧小倉市議会の本訴建物を本訴(二)の土地と共に払下げ売却することを承認する旨の議決に基き、各原告に対し本訴建物と本訴(二)の土地を売渡す旨意思表示をなすことにより原被告間に売買契約が成立し、原告らはそれぞれその居住する本訴建物と本訴(二)の土地を取得した。

三、しかるに被告は前頃売買契約の存在を争い、本訴建物等の所有権が原告らにあることを認めようとしないので、原告らは被告に対し、本訴建物の所有権確認と本訴(一)の土地から本訴(二)の土地を分筆した上その所有権移転登記手続を求めるため本訴に及ぶ、と陳述し、

原被告間に売買契約の成立がないとするならば、予備的請求として、

「被告は、

原告原田嘉明に対し金四、〇六〇、〇〇〇円〈以下各原告関係省略〉

および、これに対する昭和五一年二月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。」

との判決を求め、その請求原因として、

一、旧小倉市は原告らに対しその入居の当初から将来における本訴建物等の払下を確約し、昭和三八年二月一〇日五市合併により被告北九州市となつた以降も、同月七日の旧小倉市議会における払下承認議決の趣旨に則り、被告は払下のために必要な地積の測量、価額の協議等売買を前提とする種々の調査、準備を積極的に行い、原告らは従前の経緯に鑑み本訴建物等の払下が間違いなのものとして被告を信頼し、そのため、被告の調査に対し積極的に協力することはもちろん、道路の補修、家屋の改造、補修、電気、水道、ガスの設備その他本訴建物土地の維持管理に当り賃借人として通常なすべき範囲を遙かに超えた多額の出費をした。

二、然るに被告は原告らに対し、昭和三九年一二月二二日付書面の送付をもつて払下売却に消極的態度を示し、更に五年後の昭和四四年一月二〇日以降数度に亘り明確に払下の意思がないことを通告するに至り、現在迄払下を実行しない。

三、被告の前項払下拒否の意思表示ないし払下の不作為は、原告らの本訴建物に入居以降の経緯、特に入居当時における将来払下あるべき旨の確約、昭和三八年二月七日の旧小倉市議会における払下承認議決、更にはその前後において旧小倉市或は被告市の執行機関が原告らに与えた払下への期待と信頼をなんら合理的な根拠なく一方的に破棄し裏切るものであつて信義誠実の原則に違反するから、被告は原告らに対し売買契約締結上の過失責任があり、原告らが売買契約締結の準備のため支出した後記損害を賠償すべき義務を負担した。

四、然らずとしても、本訴建物等の払下を実行しない被告の不作為が原告らに対する不法行為であることは明らかであるから被告は原告らに対する損害賠償の義務を免れるものではない、即ち、原告らが本訴建物に入居して以来払下についてなされた原被告間の折衝の経緯に照せば、被告の不作為が信義則に違反した違法な所為であることは疑う余地がないのみならず、本訴建物等の払下を承認した昭和三八年二月七日の旧小倉市議会の議決と同時になされた旧小倉市長と助役の各公舎の払下を承認する旨の議決については、被告は、原告らに対すると異り、議決の趣旨に従い、旧小倉市長林信雄の妻林ハルと同助役の妻香月ツマコ名義をもつて公舎の払下手続を実行したが、右は議決の執行について著しく不公平、不平等な取扱いであつて、地方自治法第一〇条に違反する違法な措置であるとの譏りを免れない行為であり、いずれにせよ被告において本訴建物等の払下を実行しない不作為は原告らに対する不法行為を構成するものといわなければならないから之によつて被つた原告らの損害を賠償すべき義務を負担することに変りはない。

五、しかして払下の不履行ないし不作為によつて原告らが被つた損害は、各原告につき慰藉料金三〇〇万円の外別紙記載のとおりである。

六、よつて原告らは夫々被告に対し別表記載の金額に慰藉料金三〇〇万円を各加算した損害金及び之に対する予備的請求変更申立書送達の翌日昭和五一年二月一八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める、と陳述し、〈以下省略〉

理由

先ず主位的請求について判断する。

原告ら主張の請求原因第一項の事実及び同第二項中旧小倉市議会が昭和三八年二月七日旧小倉市長林信雄の提案に基き旧小倉市が原告らに対し本訴建物と本訴(二)の土地を払下譲渡することを承認する旨議決した事実は当事者間に争いがない。

ところで原告らは被告北九州市において旧小倉市議会の右議決に基き昭和三八年三月初旬頃原告らに対し本訴建物と本訴(二)の土地を売渡す旨意思表示をなすことにより原被告間に売買契約が成立し、原告らはそれぞれその所有権を取得した旨主張するが、本件全証拠によるも右主張事実を認むべきなんらの証拠がないから、原告らの主位的請求は失当として排斥を免れない。

そこで次に予備的な損害賠償請求について考えてみる。

原告ら主張の請求原因第二項の事実及び同第四項中本訴建物等の払下を承認した昭和三八年二月七日の旧小倉市議会の議決と同時に旧小倉市長と助役の各公舎払下を承認する旨の議決がなされ、その後被告北九州市は旧小倉市長公舎を同市長林信雄の妻林ハルに対し、旧小倉市助役公舎を同助役香月久の妻香月ツマコに対し夫々払下げる手続を採つたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すれば、本訴建物は昭和二六、七年頃旧小倉市が厚生省の補助金を得て引揚用住宅として建築し、原告らはいずれもその頃同市から之を賃借して入居したものであるが、入居に際し、市吏員等から本訴建物は公営住宅法の趣旨に則り一定の年数経過後いずれは払下譲渡されることあるべき旨、従つてその使用上自己所有家屋同様の配慮が望ましい旨告知されたこともあつて、爾来今日までの間原告の多くは殆ど自己所有家屋に対すると同一の配慮をもつて本訴建物を管理、改造、増築し、多大の出費をして道路を補修し、電気水道ガス等を設備してきたこと、然し乍ら右入居に際しての市吏員の告知は賃借人としての使用上の心得を告知する性質程度を超えるものではなく、ましてや本訴建物払下の準備行為と目すべきものではなかつたこと、昭和三六年四月頃に至り本訴建物等払下請願の気運が漸く熟し、原告らを含む睦ケ丘市営住宅団地居住者の間に本訴建物等の払下運動を目的とする住宅委員会が組織され、旧小倉市当局及び旧小倉市議会に積極的に働きかけ払下譲渡の準備行為を開始した結果、昭和三七年一二月一〇日旧小倉市議会において払下の請願が採択され、続いて翌昭和三八年二月一日なされた旧小倉市長林信雄の提案に基き旧小倉市議会は同月七日旧小倉市内四ケ所の市営住宅団地と共に前示のとおり本訴建物等払下承認の議決(いわゆる事件議決)を行つたこと、しかして右議決の執行としての売買及び法律上それに必要な厚生大臣の承認手続が未了のうち(この点は議決と執行との余裕期間が二日しかなく、後記市長等公舎の払下と異り払下対象物件の規模が大きく厚生大臣の承認申請に要する各種準備作業のためにはある程度の日時はどうしても必要であることからして、執行権者たる旧小倉市長としても誠に止むをえなかったところであるろう)の同月一〇日、旧小倉市は旧門司市、八幡市、戸畑市、若松市と共に五市合併し新たに被告北九州市が発足したのであるが、被告北九州市小倉区建設部住宅課としては、旧小倉市議会の前示議決の法律上の効力の問題についてはさておき住民サービスの観点から、右議決の趣旨に則り、所属課員を増員した上、厚生省、福岡市、鹿児島市等に臨んで同種事例を具体的に調査し、払下予定者に対する説明会の開催を計画し、起案文書添付のための現地写真を撮影する等払下準備のための具体的な内部手続を着々と進め、原告ら睦ケ丘市営住宅団地居住者も多大の期待をもつて積極的に之に協力し、その結果、昭和三八年一〇月五日小倉区から市本庁に対し払下禀議の書面(甲第四号証)が起案送付されたこと、然し乍ら右払下禀議書は、公営住宅制度の趣旨、国の指導方針、北九州市における当時の市営住宅事情その他諸般の事情から市長の決裁を得るに至らず、最終的には昭和四四年一月二〇日頃までに被告は、市営住宅建設の趣旨、国の指導方針、北九州市の住宅事情等諸般の事情につき全市的視野から種々検討を重ねた結果、本訴建物等を原告に払下ることは相当でないとの結論に達し、その旨原告らに通告したこと、然し乍ら一方において、昭和三八年二月七日旧小倉市議会において議決された市長、助役の各公舎払下承認の件については、旧小倉市長林信雄は合併前日の同月九日市長公舎の土地家屋を同市長の妻林ハルに、助役公舎の土地家屋を助役香月久の妻香月ツマコに夫々売却し、被告は同年四月三〇日付にて右各売買を原因とする所有権移転登記手続を了えたこと、しかして問題を本訴建物等の払下に限つていえば、旧小倉市及び被告北九州市の払下業務担当者は原告らから払下の請願を受け内部的な払下手続を開始した後昭和四四年一月二〇日最終的に払下をしない旨の結論を原告らに通告するまでの間、事務処理上いささか慎重にすぎて結論を出すのが遅れ、そのため原告らに過大な期待を与える結果となる難点はあつたが、また各自それぞれの立場において考えの相異はあつたが、いずれも市政担当者ないし被告市の職員として終始善意にして真摯な行政態度を保持してその衝に当つたものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実に基いて原告らの主張を逐一検討するに、原告らは先ず被告には売買契約締結上の過失があるから当該過失による損害を賠償すべき責任がある旨主張する。

成程当裁判所も原告ら主張のとおり、契約締結に至らない場合においても、その準備段階において一方の過失により他方が損害を被つた場合の賠償については、不法行為の責任とは別個に、契約締結上の責任を肯認するが相当と考えるものであるが、契約締結上の責任を問うためには契約責任の性質上少くとも契約締結の準備と目される行為が開始された後における過失ないし損害に限られると解すべきところ、損害の点につき、原告ら主張の損害の大部分が前示認定に係る売買契約締結の準備が開始された昭和三六年四月頃以降に発生したものか否かについての立証が不充分であり、この点大いに疑問を挿む余地がある、のみならず原告らが被告の過失として主張する事実のうち、原告ら入居当時における将来払下あるべき旨の市吏員の告知に反して払下を実行しないとの点については、右告知は前認定のとおり入居者として当然あるべき心構えを注意し通告する趣旨を出るものでない上契約締結の準備が開始される以前の事柄に属するものであるから、之により被告が原告らに対し払下をなすべき職務上の作為義務を負担したとは到底認められず、この点の過失の主張は失当である。

また原告らは被告の払下を実行しない所為は昭和三八年二月一日の旧小倉市議会における払下承認議決の趣旨を無視した点において過失があると主張する。

成程旧小倉市長提案に基き旧小倉市議会において払下承認の議決がなされた以上特段の事由がない限り爾後右議決の趣旨に副つて払下の執行手続が進められるであろうし、払下を受けるべき原告らも之を大いに期待するであろうことは察するに余りあるのであるが、さればといつて地方公共団体の議会のこの種議決がそれ自体対外的効力を有しないのはもとより執行機関の政治上行政上の責任の問題は兎も角として、その後における執行機関に対する拘束力を有するものでないことは議決が地方公共団体の内部的意思決定たる性質を有するに止まることからして明白であり、払下の執行はあくまで執行機関の専権に属し、執行機関の長はその後各種事情の変化に応じて最終的な結論を下す権利を失わないというべきであつて、内部的な手続にすぎない議会の議決により長が対外的に議決どおりの執行をなすべき法律上の作為義務を負担すると解することはできない。ましてや被告北九州市長が旧小倉市長以上に合併前の内部的意思決定に拘束さるべき対外的な法律上の義務を負担したと解すべき論拠は何もないのであつて、被告が旧小倉市議会の議決の趣旨に反し払下を実行しないからといつて契約締結上の過失をもつて問責することはできない。

更に原告らは旧小倉市或は被告市の執行機関が原告らに与えた払下への期待と信頼を一方的に裏切り、信義誠実の原則に反する点において払下をしない被告の所為には過失がある旨強調する。

然し乍ら契約当事者の一方が他方の期待に反し契約を締結しないからといつて、それ自体過失がある所為として非難することが許されないのは契約自由の原則上当然であるが、特に行政庁の不作為については、法治主義の原則上法律上の根拠を欠く作為義務の存在をみだりに肯認することは許されず、当該不作為を捉えて過失責任を問うためには、それが社会通念上法律上の義務違反と同じ程度に明白且つ重大な瑕疵を有する特段の事由ある場合に限られると解すべきに拘らず、本件においては、前認定のごとき本訴建物等の払下をめぐる原被告間折衝の前後を通じて右特段の事由に該るべき事実を見出すことはできない。

確かに本件の場合、昭和三八年二月一〇日の五市合併がなければ旧小倉市長は旧小倉市議会の議決の趣旨に副つて恐らく払下手続を進めたであろう(尤も払下が実現したか否かは厚生省の承認等その後の手続が必要であるところから必ずしも確定的ではない)という意味において、五市合併により旧小倉市長は退任し、新市が誕生し、新市長は独自の行政判断から払下を行わない旨結論した所為は、払下を期待し、営々として払下運動を進めてきた原告らにとつて誠に不幸な事態という外ないが、政治的、行政的評価を加える以上に被告市の右所為を捉えて契約締結上の過失責任を追及することはいささか筋違いであり許されないといわなければならない。

他に本件記録を精査しても被告に、契約締結上、信義誠実の原則に違反する所為ないし過失の所為を発見することはできないから、被告に対し契約締結の過失による損害の賠償を求める原告らの予備的請求は、所詮容認の限りではない。

次になお、予備的請求として、原告らは被告において本訴建物等を払下げない不作為は原告らに対する不法行為であるから損害賠償の責任を免れない旨主張するので、更にこの点につき審究するに、凡そ行政庁の所為を捉えて国家賠償法第一条ないし民法第七〇九条以下により不法行為責任を問うためには、加害行為が不当であるだけでは不充分であり違法であることが必要であるが、当該行為が行政庁の裁量行為に属するものであるときは、行政事件訴訟法第三〇条の趣旨に則り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用のあつた場合に限り違法性を帯びると解すべきである。

之を本件についてみるに、公営住宅法第二四条所定の払下譲渡の所為が法律上行政庁の裁量行為に属することはその規定上明らかであるところ、本件全証拠を仔細に検討するも旧小倉市及び被告市の払下をしない不作為が裁量権を踰越又は濫用したもので違法であることを肯認すべき証拠はない。

原告らは本訴建物等を譲渡しない被告の不作為が違法性を帯びる理由の一つとして、前示議決のうち原告らに対する譲渡が行われないのに反し市長助役公舎の譲渡は実行されたことを指摘し、その差別的取扱が地方自治法第一〇条に抵触し、裁量権を踰越ないし濫用した違法が存する旨主張するのに対し、被告は之を争い市営住宅と市長等公舎の性質の相異からその払下について異別の取扱いがされても之を違法視することはできない旨抗争する。

思うに地方自治法第一〇条第二項は、昭和三九年四月一日施行(昭和三八法九九改正)の前後を通じて、住民に具体的な権利を設定したというより、個々の法律によつて住民に与えた権利又は利益を各住民が同等の地位において平等に享受しうることを抽象的に明らかにしたに止まり、本件のように具体的な売買契約を比較対照して原告ら住民に対し特定の売買契約上の権利を保証し或はその権利がないときの損害を保証する場合まで規定する趣旨でないことは多言を要しないのであるが、ある裁量的行政行為又は契約が違法性を帯びる程度に他の裁量的行政行為又は契約と比較して差別的であるか否かを決定する場合においては、少くとも第一にその両者が法律上相当程度具体的に同種同条件のものであり且つ第二に比較さるべき行政行為又は契約が不当違法でない正当なものであることを要すると解すべきである。

之を本件についてみるに、前者については、市長助役公舎の払下も市営住宅の払下も共に公有財産の払下という点では同一であるが、市長等公舎は直接的に公用される行政財産であつて、その処分行為は性質上極めて厳各な運用が要請されたし、昭和三九年四月一日以降は地方自治法の改正により絶対的に禁止された(同法第二三八条の四)のに対し、市営住宅は公益的公共的施設ではあるがその使用が公の目的に供される点において稍間接的であり、行政財産というより普通財産の性格を有し、その処分行為は昭和三九年四月一日の前後を通じて公営住宅法により許されている(同法第二四条)こと、その他払下の趣旨目的並に対象者の資格も市長等公舎の払下と市営住宅の払下とでは自ら異るのであつて、その両者は之を比較して一方の違法性の存否を決定するに相応しい程度に同種同条件の性質のものとは到底認められないし、例えば睦ケ丘団地以外の市営住宅だけを払下げたり、睦ケ丘団地内の一部居住者についてのみ払下げしたりした事例と比較する場合と若干趣きを異にし、市長公舎払下の所為は本訴建物等を払下しない不作為の違法性を決定する上において之を参照比較すべき適切な事例といえないのである。

加うるに、後者についても、市長や助役が市長公舎や助役公舎を譲受けることを禁止する前同改正に係る地方自治法第二三八条の三の規定の趣旨に徴し、昭和三八年二月九日旧小倉市長において市長助役公舎をその各妻名義人に払下げた所為は相当性合理性に疑いがあり、特にそれが五市合併による同市長退任の日であることと、仮令日数の関係上止むをえなかつたとはいえ同月七日旧小倉市議会において同時議決があつた原告らに対する本訴建物等払下が実行できない儘であることを考え併せると、市政担当者として政治道徳上いささか不明朗であり不当な払下行為であるとの感じを払拭しえないのであつて、右払下と同列に扱わられない故をもつて本訴建物等の払下の不行為に裁量権を踰越ないし濫用した違法性ありとすることはいささか筋違いの主張という外なく到底採用の限りではない。

以上の次第で被告の払下不作為を不法行為なりとして損害賠償を求める予備的請求もまた失当であるから、原告らの請求はいずれも之を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(鍋山健 園田秀樹 羽田弘)

〈別紙省略〉

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